【ABC /Ebis 徳島 ~ 十日戎〜ゑべっさん】
Re:post from Leki
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十日戎、えべっさんの日。
七福神の一人でもある恵比寿様は商売繁盛の神様として知られ、
関西では神戸西宮や大阪今宮の十日戎、京都ゑびす神社、関東では酉の市や恵比寿などが全国的によく知られ古くから信仰されていますが、
この恵比寿様、
もともとは海洋航海安全祈願や大漁祈願など海洋民が信仰してきた神様でもあり、
我らが徳島においても、
江戸から明治大正にかけて日本の経済に大きな影響を与えてきた阿波藍商人が廻船業/海上交易を通して阿波藍を全国に流通させてきたことから、
海の神様であるゑびす様への信仰は特に大切にされてきており、
徳島市内の事代主神社で毎年一月に行われる十日戎の福笹には、当時藍商人たちが阿波藍/蒅の品質を確かめるために用いていた手板法(※)をモチーフにした紙札が添えられ、
阿波藍商人とゑびす信仰のご縁が今日に受け継がれています。 #新町川 #藍場浜
(徳島人の99%くらいの人が知らないと思うので、この機会にお見知りおきぜひ)
※ #手板法
https://our-ai.jp/heritage2
現代のえべっさん=商売繁盛というイメージは、
実は阿波藍の商人が江戸時代に流行らせたものなのではないかと個人的考察をしたりもしていますが、
とにかく、
金,商売 = 経済 = 人モノコトの流通 であり、
古来、その流通を支えてきたものこそが海であり、
海を安全に行き来することができてはじめて経済文化文明が発展し、それが商売繁盛に結びつく…
その祈願、信仰の対象の一つがゑびす様だという話しではないかと。
(その他にも阿波藍商人の海上安全祈願の信仰対象は金毘羅、大山祇などがあります)
単純にお金儲け、商売繁盛のためにという氣持ちで参拝するのではなく、自然やヒトモノコトの繋がり、阿波藍や海で繋がる歴史文化への敬意や感謝の氣持ちを持って参拝する概念が現代の世にも広まればよいなと願いながら…
毎年十日戎に参拝させて頂いていますが、
今年は共にAWAii ALOHAプロジェクトを手掛けている鳴門の呉服屋阿波和の仲間たちを連れて参拝。
@kimono_awawa @hikaru_inoue_naruto
その後,
打ち合わせで訪れた上板町の阿波藍アーティストBUAISOU.のメンバーも今朝参拝されたとのことで、
手板法とえべっさんの由縁をお話しすると、
なんと江戸時代?明治時代?の手板紙の実物をお持ちで、現物を拝見させて頂くことができました。
貴重な機会に感謝🙏
ちなみに、
恵比寿様のルーツは古代エルサレムの民 #エブス族(カナン族)という説もあります。
エルサレムを追われ海を渡り東の果て日本にやってきたエブス族の舟には、航海安全を祈る『 #スヱキアワカミ #トホカミエヒタメ』という言霊が神代文字/阿比留文字で刻まれていたそうで,
長崎県対馬などがエブス族渡来の地として知られていますが、徳島の神山にある #稲飯神社 にも神代文字石碑や三柱鳥居が置かれており、ここもまたエブス族が辿りついた地と云われています。
更に高知県東洋町から徳島県海陽町〜阿南においては、ゑびすにまつわる地名や信仰のみならず、蛭子、戎谷、戎居、戎田といった苗字を持つ人が多く見受けられ、徳島においては黒潮に近い南阿波から入って来た可能性が高いと考えられます。
また、イザナギイザナミにより國産が行われた説のある阿波橘(現阿南市)、その近くに淡島があり、(蛭子のあとに生まれたのが淡島)蛭子神社が付近に点在。
(淡島から蛭子が流され、それがおのころ島や西宮に辿りついた説もあり。)
ここ阿南はもともと那賀國と呼ばれていて、那賀川流域に発展してきていますが、
その那賀川の河口付近に辰巳(龍蛇=水神)という地名が残り、少し遡った土地にゑびっさん誕生伝説の地や太龍寺/空海修行の地があり、更に源流域の木沢や木頭村には日本有数の人形浄瑠璃/農村舞台が残っていて、今もゑびす舞が継承されています。
ただ、恵比寿様は七福神で唯一の日本人の神様とも云われており、
もしかしたらもっとはるか昔に日本から西に渡った民がエブス族になり、それがまた日本に戻ってきたという説もありますが、
そのあたりご興味ある方はぜひ調べてみてください🙏
ということで、
長くなりましたが、
十日戎の佳き一日に、
頭の中を言語化させて頂きました。
最後に、仲間たちとの活動の一つ、
ABC (Awa Blue Connexion)も、
えびす(=ABC)に由来します。
藍と海の繋がりと、
縁する皆様の活動がご今年も益々発展しますよう、能登半島被災地はじめ、世界の各所で大変な状況にある皆様に一日も早く平穏な日々が戻りますよう祈念致します🙏
keep AwaBlueConnexion,